主題は、あくまで恋慕の狂乱であるが、狂女物としては非常にユニークな作品で、恋慕の種々相が鮮やかに描き出される。
都から東国へ下る吉田少将(ワキ)が美濃ノ国(岐阜県)野上の宿で一人の遊女花子(シテ)と契り、別離の形見に扇を取り交わす。それ以来花子は、少将を恋い慕うあまりあって、とうとう宿の長に追い出されてしまう。それでもなお形見の扇を前にして少将を追懐し、我と我が身の不幸を嘆き悲しみつつ、少将に会いたい一念から近江路を都へ上るのである。
その後、東国からの帰り、野上の宿に立ち寄って花子と行き違いになった少将が、ある日賀茂の社-糺(ただす)の森へ参詣すると一人の女(後シテ)が狂乱の態で来合わせ、従者の呼び掛けに応じ、恋い慕う人への切なさもひとしおに、形見の扇を広げ持って狂おしく舞を舞うと、その扇から、かの花子であることが分かり、めでたく再開の運びとなる。
前漢は、成帝の妃・班婕妤の秋扇の故事を素材とする世阿弥作の四番目物で、『五音曲』に「恋慕の体」として本曲をあげている。また、『猿楽談義』をはじめ金春禅竹の『歌舞髄脳記』や『五音三曲集』にも本曲のことが散見される。『現行謡曲解題』 松田存著より
今回の演目 あらすじ
班女 はんじょ
鷺 さぎ
時の帝(ツレ)が、神泉苑に行幸の日、勅定に従ってすなおに畏まり、蔵人(ワキ)の捕うるに任せた鷺(シテ)に五位の位を与えたという挿話を脚色した四番目物の祝言能。無垢の鷺という鳥がシテであるためか、少年または還暦過ぎの演者だけが勤められることになっている。
舞事としての要素が濃く、素材は『平家物語』巻五「朝敵ぞろへの事」や『源平盛衰記』巻十七「蔵人取鷺事」で、古くは「五位鷺」の別名があるが、作者は詳らかでない。
「御感のあまり爵を賜び、…さも嬉しげに立ち舞ふや」でシテが舞いはじめる乱(みだれ)は、「猩々乱」とともに足づかいの特殊な舞事であるが、シテはその舞の前後に、「州崎の鷺の羽垂れて 畏き恵みは君道の」と、僅か二句謡うだけの珍しい役でもある。そして「鶴の一声、鷺の二声、局(大原御幸)の三句」と言われている。
『現行謡曲解題』 松田存著より

